昭和52年02月23日 月次祭
仏教では仏の慈悲を解きます。キリスト教では神の愛を説きます。これは神の愛を解くと言う、仏教の慈悲心を解くと言う事は、仏様というお方は神様というお方はこういう方だぞというのを解くのではない。その信奉する人達がその愛の心を慈悲の心を銘々の心に頂けよと説くのです。金光教では真を説くとか言う風に言われます。私は一番適切な言葉は、金光教ではどう言う事を説くのかと言うたら、神心を説くのだと思います。
神心と言うことは、もうそれこそ慈悲心も愛の心もその中に包含されるほどしの素晴らしい心だと思うんです。ですから神心を説かれる。と言う事は神心を自分達の心の中に頂いて行けよと言う事だと思うんです。今日丁度朝の食事の時に、テレビを入れておりましたら、鬼の父親とこう見出しが出ておる。そして4つか5つになる子供を捨てとったと言う人のテレビでなにか報道しておりました。
それこそ肉親の父親が、いかにその母親が亡くなってもう、まあ手足まといになるからと言うて、それをしかも病人の、それもいつ死ぬか分からんと言う、病人なんです。それを病室でその、父親とその子供と面会させる。したらもうほんとに、もう骨と皮になっとるその子供がね、もうお父ちゃん、どこにも行かんでくれと言うて、泣いてるのを見ましたがね。人間の心の中には、そういう例えば、鬼にもなれれば、仏にもなれれる心があると言う事です。
先月もなんか、これは継子だったそうですけど、その熱いお湯の中につけたり、水の中につけたり、それも折檻して殺したというその新聞に、私は見出ししか見ませんでしたけれども、そんな記事がでておりました。ほんとに言うならば、人間心というものがね、放任されて我情我欲におかされますと、言うならば人間本来万物の霊長だ。和賀心に神がござるとも又は、皆もこの様なおかげが受けられる。
この方の事を生神生神と言うけれども、皆もそのようなおかげが受けられると言われる神の氏子としての神性を供えておる。けれどもそれが放任され、我情我欲に目がなくなってないりますと、言わば汚れに汚れ果てるとその人間の性までが変わってくるのです。例えば衣類なんかでも汚れた物をほうからかしておきますとね、もう衣類の性が変わると言うでしょう。そしてビリビリ破れるようになります。
ようなものじゃないでしょうか。信心、いやお道の信心とは、その神心とはそして神心にならせて頂く事の為に、人間は万物の霊長だと言われるその霊長としての値打ちをいよいよ頂いて行く、磨き出していくと言う事がそうなんです。先程ご祭典中に赤ちゃんが泣きよりました。もう火の付くように泣いてるんです。どうしたもんだろうかと。もう痛い所があるのじゃないだろうか。もうお腹がせいとるのじゃ、この御祈念中だけどその事を一生懸命お願いさして頂きよりましたら。
なんか心が胸が、熱うなってくるから不思議です。このちょうど一番大事な、御祈念中に泣かせてからっと。以前はそんな思いがしよりましたけどね。この頃はそういう具合に、だんだん私の心が、いわゆる神に向かって、進んで行っておる証拠だと思う。火の付くように泣いておる。お腹が痛いのじゃんかろうか。どうしたんだろうかと。そしたらピシャッと泣き止みました。それこそ鼻でも摘んで、泣かせたんじゃなかろうかと思うて、ハッとしました。
泣く時に口をこうこうふさいだり、鼻を摘んだりしたんじゃなかろうかと、それこそ思いました。よもや、ここにお参りをして来る人ですからそんな鼻を摘んだりしてこうやってその、まあ息を止めるようなお母さんもおりますまいけれどもね。ああやかましかっと、わずらわしいとか、例えばせからしいと思うような心がです、せからしいと思うたり、わずらわしいと思わんですむ心が、それは神心に向かって行っておる段々印じゃないだろうかというふうに思いますですね。
昨日大阪の泉尾教会の先生の事を、ここから今度学院に5名いっとります。その5名の人達が期せずして泉尾教会に修行に学院から15日間。ここにも学院から修行生が3名みえておりましたですね。ようにその行っておるんです。それが皆話し合って泉尾に行ったわけでもないらしく、とにかくまあ期せずしてと言っておりますが、期せずして泉尾の御信心を頂こうとというのでございます。15日間の修行を終らして頂いて学院に今帰って、あちらでの色々親先生に頂いた事を手紙に書いてよこしております。
もうこの度ほど、合楽での修行生である事の、誇りを涙の出るほど、感じた事はございませんでしたと言っております。それこそ日本一の先生、それこそ世界中をかけ回って、世界総助けの言うならば、御神願に応えられての御修行が、日々あってあるお教会です。この頃から50年の記念祭が、ありましたそうですが、二万五千人からのご参拝があったとのことですよ。
もう私よりも十いくつも多い先生ですけど、なかなか元気な、もうそれこそ世界中を飛び回っておられるほどしの、まあ元気なお方です。ある時に先生のお話を頂いておる時に、その井上君が、自分の私の写真を頂いておったのを、先生にお見せした。そしたらもうしげしげとその写真をご覧になる。まあだ60そこそこで、お道の中にこういう先生がおられると言う事を初めて知った。出来るならば今日にでも会いたい。明日にでも会いたいと仰ったと言う事が書いてありました。
私もそのやはりそういう、止むに止まれん思いをするのですけれども、これはお許しを頂かなければ出来る事ではない。阿倍野の先生が、もう20年も前に御本部にご参拝になっておられる。たまたま当時の椛目の信者3・40名が一緒になった。もうあのお広前を埋め尽くすほどしの、阿倍野の御信者でいっぱいになった。そこに先生がそれこそ、あの取り巻きの先生方を従えて、ここのところ、金光様があそこにお座りになっとるなら、ここんところをお初穂をこう捧げ持って、金光様の前へ出られた。
そしてたった一言もう深深と頭を下げられて、金光様に申し上げられた事は、金光様おかげを頂きまして有難うございます。もう私共はそれをすぐ傍でそれを聞いておりましてね、うちの信者に申しました。ちょっと今あの先生が阿倍野の先生と言う事だけれども、もう70になられるだろうか。ああっと思われる程しの先生でした。けれどもそのとてもとてもその有難うございますの一言が、とても千両役者でも言えない程しの、それこそもう本当に、有難いというのにも色々その、段があるなと思いました。
そして私は申しました。あの阿倍野の先生の有難うございますが、これだけ何千人の人達が救い助けられておる大本になっておるんだよと。私はそれ以降先生の話を聞かせてもろうたり、書かれた物を読ませて頂くのは大変楽しみになり、また皆さんにも十何年間、話続けた事でした。それがたまたま教報に、ここに修行に見えておりました方のお父さんで、泉南の教会の教会長先生がご夫婦で見えられた事があります。その泉南の先生が、御本部の大祭の時に御説教をなさっておられる。
そのお説教をなさっておられるお説教の中に、阿倍野の先生の事が説いてあった。阿倍野の先生が私の方の教会に見えた時に、家内が帰られるのを先生折角こう見えたのですから、一言でも良いから何か教えをたまわりたいと言うて、あの申し上げた時に先生が私の方の家内に話されたという話をお説教の中で話された。いつも聞いて頂くようにね。もう18ですかね。師範学校を出られて学校の先生をなさっておられる。
そして初めてあの、なんか落語か何かの話を聞かれて、そしてもう一切を有り難い有り難いで受けていく。継母の言うならば出してくれる、魚であるならば頭を出しても尻っぽを出されてもほんとにそれを有り難い方へ有り難い方へと頂いて、有り難いという答えを出して行った。あの話を聞いた時に、私は、私の生涯はこれで行こうと腹が決まったという話を( )どんな事があっても有り難いで受けていこうという。
その私はあの教報を読ませて、朝の御祈念にその事を思わせて頂いておりましたら、神様からその朝にでも言うならば、先生にお会いもうその時には80からでおありになったでしょう。お会いしとくように頂きましたから、朝の御祈念が終わってもうそのまま家内と高橋さんを同道で大阪へ参りまして、先生とそれこそ激的な面会を言わばさせて頂きました。もう何にもない。一時間こうやってお話しておる間にとにかく有り難い有り難いと言うて頭を下げおうとるばっかりだったんです。
だからそれでその写真を写されるのも有り難い有り難いと言うて、2人が両方から頭を下げあっておることばかりであった。そしていよいよ驚いた事は、とてもとても私どもが真似にも、どんが出来る事ではないほどしの先生である事を分らして頂いた。その先生の有り難いものに触れたい。その一念がなら大阪までわざわざ私を飛行機で飛んで行ったような事でございました。泉尾の先生の場合でもそうです。泉尾の先生も私の話を聞いて私の写真を見て会いたい。
もうあのこういう先生が、現代の教団の中におられると言う事は初めて知った。あんた方5名ここに修行に来てくれる事は、そのきっかけを作ってくれたようなものだ。今日にでも会いたい。出来るならば明日にでも会いたい。というその切実心を言われた時にね。目いっぱいに涙を流して喜んでおります。なんという素晴らしい先生だろう。そして親先生が言われる事と、同じ事を15日間繰り返し繰り返し説かれたと言うのでございます。それを箇条書きにずっと書いて来ております。
その中に年寄りを大事にする。親孝行せよ。年寄りを大事にすると言う事を大変強調しておられます。私はあの年寄りが来ると、出来ることならその年寄りと、その年寄りを抱いて寝たい思いがするというて語られたそうです。私も感じました。私もあの年寄りの方達がお参りをして来る。敬親会の中でももうそれこそしわだらけの、手をこう差し伸べると、それを握ってからこうこうやってもじゃもじゃしようごたる気が起こるんです。これはもうほんとに起こってくるんですから。
泉尾の先生の場合でもね、ほんとにまぁあんまり大事にされてない、お年寄りを見られると特に思われるだろうと。自分方に引きとって、自分が抱いて寝たいような思いがすると言っておられます。その一言の中にね、いかに泉尾の先生が神心に熱いお方かと言う事が分かります。神心と言うものは一人で育つものじゃありません。持って生まれた時に、言わば神様の言うならば性根。
又は万物の霊長としての、値打ちを頂いておるんですけれども、ただ今申します様に我情我欲にかられ、我情我欲で放任しておくと、人間の性が鬼の様な性にもなりゃあ、それをいよいよ本気で磨こう清めようと言う事になると、それこそ惟が神心というのであろうかと自分で自分の心が拝みたい程しの、心に育っていくのでございます。それがお道の信心なんです。今朝からの昨日一昨日も同じ御理解を続けて頂いた訳です。
人間は勝手なもので、生まれてくる時には、日にちも日柄も言わずにこの世に出ておりながら、その途中だけを、方位の方角の日柄を言うて、死ぬる時にはまた、日柄も言わず方位も言わずに、かけっていぬるという御教えであります。人間っていうものはかってなもんだ。それをなら金光様の御信心によって言うならば、合楽理念を元にして、生きるとどう言う事になるのか。
言うならばなるほど、何日の日に生まれてやろうと、言うて生まれてきたわけじゃない。それを私は神乍らな生まれ日であると。私は4月1日に生まれておる。その4月1日に生まれたと言う事が神乍らなんだと頂いておるのです。ですから、また私共は神乍らな生涯であらなければならないと、言うところが宗教心が必要になってくるのです。真の信心が必要になってくるんです。その途中は、我情我欲で生きるのではなく。言うならば神乍らな生き方。
それを合楽理念では、しかもうれしゅう楽しゅう、昨日の御理解なんか頂いておると、もう愉快にそれを行じて行く事が出来ると言うのですから。いよいよしかも絶対神に向かう道だと言うのですから、どうでも合楽理念のマスター、そしてそれを日々行ずる事に喜びを感じれれるような信心をさして頂くと言う所からいつの間にか和賀心が神心へ向かって進んで行っておる。そしていつの間にこういう心が出来たのであろうかと、自分で自分の心をねもうそれこそ、疑う程しに自分の変わっていく姿が有り難い。
自分の心の中にはね、それこそ夜叉のような心も鬼のような心も場合にはありますし、それをまた感じる事もございます。仏と言うならば、鬼が心の中に同居しておると言うのです。その言うなら仏が神がいよいよ前に出らせて頂いて、言うならば汚い心とかあさましい心は影を潜めてしまうほどしのおかげをだんだん頂いて行く。それを頂ききっていく世界を生神金光大神へのまあさそいとでも申しましょうか。その誘いに乗らせて頂く生き方を合楽理念と言うのであります。
私昨日一昨日、一晩中眠りませんでした。それもフッとした事のお気付けを頂いて、あの思わせて頂いておりましたら、まあようもここまでこの様におかげを頂いてきたが、30年あまりの信心を振り返らせて頂いて、真の信心真の信心と言うて、真の信心を目指さして頂いて30年。それ前なら私は、もう母の胎内からの信心ですから、その時にはただ、おかげおかげの信心が何十年間続いて。
これではいけないという、一つの悟りのようなものが開けて、同時に真の信心とはと言う事に焦点をおいて、信心の稽古をさして頂くようになって、そして30年ですから、もうほんとに真の信心を目指して、一途それに取り組んで来た様にあるけれども、30年間を振り返って見ましたら、もうあの事も相済まんことであった。あの事もお詫びをしなければならない事であったと、お詫びをさして頂いておりましたら、ちょうど朝方の3時まで掛かりました。
ほんとにあの、私は別に人殺しはしとらんし、人の物は盗っとらんから。そう言う事だけが悪い事ではない。天地に対するご無礼ではない。本気で取り組んでおるようにあっても、振り返って厳密に、自分というものを見極めた時に、お詫びする事ばっかりであることに驚くほどであった。とうとう一晩休みませんでした事をおかげを頂いて、今日はもうお詫びに徹しさせて、勿論布団の中です。
けれどもおかげで眠らん修行をさせて頂いて、有り難いと起きあがろうと致しましたら、神様からさんずい編にこの十という字を頂いた。プラスという字です。さんずい編に。何と言う字になりますかね。さんずい編に汁という字になりはしませんか。私はほんとにね、今日皆さんに聞いて頂いた、神への言うならば精進。もうあたしだんそげん神様ってんなんてんならんでよかというのじゃなくてね。やはり神様へ一歩一歩近づいて行き、自分の心が神心になって行く。
その有り難さというものがいよいよ修行もいとわん、楽しいもの有り難いものとして愉快な日々が過ごさして頂けれる大元を作るのであります。金があるから物があるから、健康であるからと言うて、有り難くなれると言う事はありません。その言うならば私の30年間のそれこそ、もうあれもお詫び、これもお詫びをしなければならないと言う事をです、ようも神様が御辛抱下さり、かばいにかぼうておかげを下さったもんだなと思うて、改めて御礼を申し上げさして頂く。
そしてんならああ一睡もせんでなら寝らん行をさして頂いたと言う時にです、ああ夕べはとうとう眠られんじゃったと言うのではなくてね、そういう修行をさして頂いて有り難いとお礼を申させて頂いたら、さんずい編に+である。と言う事は、さんずいと言う事は神様だ。自然という。天地自然と言う事ですね。そのさんずいと言う事は。又はお恵みとも頂きます。さんずい。それがいよいよプラス。
それは一滴ずつのそれは事かもしれませんけどもその一滴が積もり積もって、言うならば大海をなすほどしのおかげにもなってくるのです。そういう繰り返しの中、私どもの前には、言うならば、ああ難儀な事だ、困った事だと言う事はないと言う事です。それこそ阿倍野の先生じゃないですけれども、有り難いと受けるのが当たり前なんだと言う事です。当然なのだと。
それを有り難いと受けきらずに、不平で受け不足で受け自分だけが世の中での一番の不幸せ者のように思う心は、ならそのさんずい編にマイナスと言う事になるのじゃないでしょうか。言うならば、神様から一歩一歩減退していくと言う事じゃないでしょうか。そういう頂く事が、一歩一歩神様に近づいて行くと言う事になりはせんでしょうか。もうそれに徹する事。しかもその徹する事をです、こういう手立てもあるぞ。
それはなぜそれに徹しなければならないかと噛んで含めるように説いてあるのが合楽理念です。そして先程、泉尾の先生のお話ではないですけれども、それこそ、しわがれだらけの、言うならば世に不幸だと言われるようなお年寄りがお届けにでも出てくると、もうとめておいて、それこそ一晩でも良い抱いて寝てやりたいような心と言う心がね頂けてくる。これは不思議ですね。
はあもうこげな大事な時にガンガン泣かせてからどこの親じゃろうか。親の面が見たかねちゅうごたるふうな、思い方をした先生もあるんですやっぱ。けれどもあの泣き声聞きよったらもうたまらん。どこか痛いのじゃなかろうか。腹でもせきよるとじゃなかろうか。やはりお縋りしなければおられない。急に泣き止んだら母親が鼻でもこう摘んだんじゃなかじゃろうかと。御祈念中ならば走って行って、見てやりたい様な心が起こってくる。信心とは和賀心が神に向かうのを信心と言うのじゃとおうせられる。
神に向こうて、一歩一歩進んで行くところのおかげ。昨日、福岡の古谷さんのご主人の5年の式年祭でした。大変行き届いた、お祭りを奉仕させて頂きました。神様にお礼を申し上げさせて頂きよりましたら、こんな壷がある。それに奇麗な花がさしてある。ところがその壷に水がこれくらいしか入ってない。なもんだから花の根が、そこに届いてないところを頂くんです。
あらこれはこげなことをしとんなら、これはすぐ枯れるたいと思うた瞬間誰かが、このやかんのような物を持ってきて、これに水をいっぱいさして下さるところを頂いたんです。まあ言うならば、私のなら30年間をね、もうほんとにお詫びに徹しさせて頂いて、あれもお粗末であった、これもご無礼であった。それにもかかわらずようもようもこのようなおかげを下さって、有り難い勿体無いと思うその心。言わばお詫びをしなければ足りない所の言うならば、足りないばかりの私。
あたしゃもう毎日参りよるけんで、もうこれで充分と言う事は決してないです。もうこげな御用ば頂きよるけんと言う様な事じゃないです、信心とは。先程佐田さんの事を光橋先生が、話しておりましたように。おかげは求めまい。そして真の信心が分かりたい。そしてお役に立ちたいという一念を燃やそう。それこそなそうと思えば子供もなせるような事を本気でその事に取り組ませて頂こうと言っておられる。
それが合楽理念なんです。そういう生き方がもう、佐田さん達の場合なんか、日々が楽しゅうして、有り難うして。例えばこの頃から、あのお母さんが亡くなられると言った様な事にあわれました。先年は例えばあの火事で、倉庫が丸焼けになるような事がありましたけれども、その事自体が、もう神様にお礼を申し上げる事以外にないとしての、言うなら信心が段々身に付いて来る様になると、もう信心も言うならば大丈夫。
そこにはそれこそ思わなかった、願わなかったおかげがついてくる、と言う様なおかげの世界が開けてくるのです。ただ神様を利用するだけが、信心のような思い方をしてる人があります。ではない。その神様に利用される。利用されたいと、利用されることが有り難いと分かるような信心です。おかげを求めず、信心を求めると言う事はそう言う様な事なんです。私どもはそれこそ足りない、水が足りない。もう花は枯らさなければならないところをです。
それこそ金光大神のお取次ぎによってこれを水をいっぱいにして頂いておるようなことを私どもが忘れておる。そして自分に水がいっぱいあるから、花が生き生きしてるんだ。私の信心が生き生きしてるから、これだけ人が助かっておるんだと、言う様な思い違いをしておる事が沢山あるのです。金光大神のおかばい。自分の心が死んでおる。枯れ果てておる。どんなに例えば大きな木であっても、もう枯れた木は神様もそれを伸ばしようもないとおうせられます。
私どもの心が枯れておったんでは、天地の親神様のおかばいもすら受ける事が出来なくなってまいります。この寒中に言うならば、ここに牡丹の一株があると致しましょうか。もう霜が出て、もうほんとに枯れたかに見えるけれども、根の方には何とはなしにこう地の温もりを受けきって、春が来たならば咲こうとする勢いを感じられる。そこに例えば植物があるとするならば、必ず人間がそれに持って行って。あのわらのつとを作って、かぼうてやるでしょう。そういう働きが起こるのです。
日に日に生きるが信心とか。日に日にさらな生き生きとして、神様へ向かう心があるならば、どういう中に難儀な中にあっても、すぐ次に来る、春の為に神様がおかばいを下さる。これを天地のおかばいだというふうに、私は頂きました。だから心が生き生きとして、神様へ向かう。そこには、必ず神様のおかばいがある。お取次を頂いてお願いをすると、金光大神の御取次の御徳によって。
足りないところは足してから、使うて下さる働きが生まれて来る。そういう言うならば、足りないだからけの自分であると言う事を、気付かせて頂いてお詫びに撤すると。それこそ金光様ではないけれども、これ程しのおかげを頂いて、お礼の足りない、お詫びばかりしておりますという。お詫びに撤すると言う事になってくる時に、人間がいよいよ謙虚に神様を求めて。
信心を進めて行く事になるのです。キリスト教で愛を説き、仏教では慈悲を説く。金光教では、合楽では私は神心を説くんだと思います。だからそれは神様の心でなくて、私どもの心に頂こうとする精進です。しかもそれを、誰でも見易うその気になればね、誰でも頂けれるところの信心。それを合楽では合楽理念と言うております。楽しゅうなります。有り難うなります。
そういう信心をいよいよ身に付けて行く事を楽しみに信心させて頂く。この世に生まれて来るのも神ながらなら、そういう生き方をして行く。成程お粗末であるご無礼でありますけれども、神様からかばわれ、天地の親神様からかばわれ、金光大神からかばわれてここを神ながらに生きると言う事になる時に。神ながらな御国替え、神ながらな御国替えでもまた精進も続けられると言う事になるのではないでしょうか。
多くの人はそれこそわがまま、言うなら日柄も言わずに勝手にこの世に出て来て、しかもその途中だけを日柄だの方位だの言うて、我情我欲を言うなら言うて過ごさして頂いて、またあの世に行く時には日柄も言わずにかけっていぬると言った様な事では神様が御悲しみです。だから神ながらに生まれ、神ながらに生き、神ながらに御国替えのおかげ頂けれる信心をいよいよ目指さなければならんと思うのでございます。
どうぞ。